ヒマラヤの高地に育つ草

 
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こちらのカテゴリーは「ネパールの伝統」です。

ヒマラヤの恵みを運ぶ人々

冬も大寒を過ぎる頃

カトマンズやパタンではヒマラヤの高山から降りて来る

行商の人たちが見られるようになります。

彼らは、辺境ネパールの人達で

毎年数人のグループでやって来きては、

定宿に泊まりながら

ヒマラヤの山で採れる物を売り、

辺境の生活に必要なものを持ち帰ります。

塩とか砂糖とかが貴重品であると話してくれて、

ネパールが王国だった頃は、

そういった生活品を定期的に辺境へ配布してくれていたので、

王様ってのは、それはありがたく思われていたのだそう。

今では、もう昔話ですね。

 

 

行商を生業とする人達

以前知り合った行商の叔父さんがいました。

彼は西ネパールのジュムラ村の人で

見かけはとても年をとっているように見えましたが、

実際の年齢は若く、←と言っても年齢を知らない!!

「辺境の人間は皆こんな風だよ。」

言って良く笑っていました。

毎年カトマンズ盆地に降りて来ると

我が家に寄ってくれて、

ヒマラヤで採れるものをいろいろと教えてくれました。

 

ヒマラヤの恵みはとても興味深い

写真はジンブーと呼ばれる草で、

私たち庶民には一番馴染み深いヒマラヤハーブです。

Jimbu   https://en.wikipedia.org/wiki/Jimbu

油で軽く炒めると、

ヒマラヤの香りが立ち込めます。

 

この香りは形容しがたい特別な香り。

料理の味をワンランクアップさせる技です。

 

 

この最後の一手があるのと

ないのとでは、大きな違いがあるので是非お試し下さい。

 

行商叔父さんの息子

例の叔父さんは、

もふもふのチベット犬の子犬や

ヒマラヤの鉱石「シラジッタ」

ヒングやら、

鹿やヤギの肝やら

とにかくいろんな物を持参していました。

詳しくはまたの機会にお話しますね!

そして、傍らにいつも鼻水を垂らした

小さな息子を連れていて、

その子が毎年大きくなっていく様子を

私は、楽しみにしていたものです。

「学校に行かなくてもいいの?」

「羊の数を数えることができれば用は済むよ。」

とそう言いきった彼の言葉を

その時の私は

まったくと言うか、、

心底理解できなかったのであります。

それからしばらくして

ヒマラヤンタイム新聞の一面にネパール辺境の写真が

掲載されたのを見て、

おおっ!

そうか!

とすべて理解したのでした。

 

 

その素晴らしい風景は心に焼き付いて、

離れませんでした。←新聞を切り抜いて置くほど!

自分の発した言葉は、

何の意味もなかったなぁ~

彼らは放牧の民でもある訳なのですね。

ある年、自宅のゲートをどんどんと叩く大きな音がして

今年もやって来たか!

と思いながら迎え入れたら、

いつもの叔父さんの笑顔はなくて、

息子が一人。

あれっ?

背が高くなって子供と言うより大人に見える~

彼の話から

叔父さんが亡くなったことを知りました。

ええっ!

叔父さんまだ40歳~50歳くらいじゃなかったの??

さあ、何歳だったんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

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