出会った時。過ごした日々。そして今。

 
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ごぶさたしておりました。

こちらのカテゴリーは「恋話」です。

先日、10年ぶりに友人Mと再会。

彼女と話しをしているうちに、

思い出したことがあります。

すっかり忘れていた

「恋」

をしていた頃の自分のことを書いてみました。

 

国際結婚してネパールに住む

友人Mと私は、

干支がひとつ違うだけのお友達で、

ネパールで彼女に初めて会った時、

日本人だとはとても思えませんでした。

ネパール語は

現地に馴染んだ発音で素晴らしかったし、

容姿もネパール人っぽかったんですね。

それから何度か会って

実は私・・・

ネパール人と付き合っているんです。

と打ち明けてくれました。

 

あれから10年が経って・・・

彼女はいつも風のように、

突然やって来ます。

もうそれは抜き打ちテストみたいなもんです。笑

昨日もやっぱりそうでした。

まあ、ネパールではままあることですし、

我が家はいつもまったりしていて、

お構いなしなので、

ありのままで

基本的にはいつでもOKなんです。

 

 

ネパールでうまくやっているか

興味があったのかもしれませんね?

彼女からすると・・・

10年分のおしゃべりももちろん楽しかったけれど、

彼女が結婚に辿りつかなかったことを聞いて

 

どうしてうまくいかなかったんだろう

私も彼女も、

口には出さないけれど

きっと同じ思いだっただろうと思います。

もっとも学歴高く、

聡明な彼女からすれば、

ちひろさんはトンでもない!

と思っているかも。笑

 

お前ら何しているの?

私が彼と付き合い始めた20数年前。

その頃、

両親は深刻な不和状態で

 

しばらくして

両親は離婚。

東京のど真ん中で生まれ、

育った私達山の手三姉妹は、

父親と房総に引っ越すことになりました。

そこに娘が

外国人男の子を連れてくる・・・

父親はとても忙しくて、

ほとんど家にはいなかったけれど

反対もしなかったです。

受けとめてくれたんです。

あの時、

仮に、両親が離婚せずにいたとすればどうなっていたんでしょうか?

私の母は鹿児島の旧家の育ちで、

結婚当時は何ひとつできない超箱入り娘。

屋久島にたくさんの土地や

山を持つ地主家の生まれで 

聞くところによると薩摩の血筋であるとかないとか?

さてさて、

そんな母が

外国人を受けいれてくれるかどうか?

たぶんですが、

答えは

「ノー」だったと思います。

後になって父親は出家してお坊さんになりまして、

その懐の大らかさと言ったら、

半端ありませんでしたね。

片親だからと

と言うことの他に

その根底には絶対的な信頼感がありました。

だから私は一点の曇りなく、

自分のやりたいことを考え、

問題から逃げずに、

誠実な想いで

外国人のカレと向き合うことができたんだと

心底ありがたく思っているところです。

ここ!

これが、ポイントなんじゃないかと思うのです。

友人Mのご両親は、

ネパールが嫌いだと聞きました。

だから、

家に外国人を連れてくることは

許してはくれなかったそうなのですが、

でも、それって一般的には

普通の対応かもしれません。

 

やった!日本へ行ける!

日本人の女の子と付き合えば、

どこの国の男の子だって

絶対そう思うに違いありません。

そう言われても困る。

彼女がネパールで長く婚活した結果、

国際結婚に至らなかった理由のもう一つは、

そこにありました。

自分の親はネパールを毛嫌いしているし、

自分はそんなにお金がある訳でもない。

だから~無理なんだってば~!!

でも、まったくその通りですよね。

本当に、返す言葉もありません。

私の場合、

出会ってから3年近くは

ネパールと日本を振り子のように行ったり来たり。

その頃は、

お金を湯水のように使いましたぞ~

恐ろしいくらいに

バブルの頃で稼ぎも良かったんです。

本当に飽きれてしまいます。

相手の彼は、

交換留学で和紙の作成を主に学び、

美濃にも長く住んでいたこともあったりしたので、

日本人の彼女ができたからと言って、

「やったね!これで日本に行ける!」

とは考えもしなかったそう。

その点については、

友人Mには申し訳ないが、

私はラッキーであったと言えるかもしれません。

 

押しても駄目なら引いてみな

付き合い始めてからの私は、

若さも金もあって、

押しが強くて、

超わがままな女の子だったと思います。

国際結婚とは、

お互いの価値観を尊重して。。。

な~んて大人の話とは程遠い状況に、

彼は頭を痛めていたかもしれませんね。

だからなんでしょうか?

3年近く付き合っても煮え切らない彼に、

だんだんいらいらとしてたまらなくなってきた!!

その時に、

天と地ほど違うお国柄を考えること。

正直言って、

それができるほど立派な人間ではありませんでしたよ。

でも、最後まで諦めなかったんです。

堂々巡りの関係を

なんとか!打開したい!!

そんなある日

押しても駄目なら退いてみな!

有言実行してみたんです。

後にも先にも、

思えばあれが大きなターニングポイントでした。

 

 

 

 

うまくやっているかどうか

夫婦を長くやっている人なら

誰だって

それがどんなことなのか知っています。

私には一般基準が判りません。

そして、

実際のところ夫婦円満です!

なんて文句を言えるほど

夫婦と言うのは、

甘い関係ではないと思います。

いつだって綱渡りだと思うよ。

ありのままの自分が居て、

今ネパールで夫婦をやっています。

名義大分なんてない

ただそれだけ。

明日のことを保障してもらえる訳がなくて、

だからこそ

今を大切に

ゆく先にあるものが

やがていつかは

やって来るのを心待ちながら、

今日を精一杯生きる!!

ご拝読ありがとうございました!

では

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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